東京brary日乗

旧はてなダイアリー「東京brary日乗」から移行しました。2019/2/28

箱根の出来事

祖父の代からある箱根の土地(のうち郊外の主の分)を、いろいろあって私が相続したのである。今般、測量会社から境界を確認するので立ち会ってほしいと連絡があった。筆頭名義人である伯母はたいへん美人で元気だが、91歳なのでよしたほうがよい。今一人の叔母は関西にいてあまり歩けないから、私が出向くことになった。

東京駅から東海道線で小田原に行くと、北条早雲銅像の前で測量会社の人が待っていた。測量会社の人とは何度も連絡をとって、気心が知れた感じになっていたのであるが、会うと四十代後半(推定)の、とても話の上手なキビキビした人であった。なかなかの二枚目で、濃い青のつなぎがイカしている。
キビキビした測量会社の人の車に乗って、世間話をしながら湯本から箱根山をくねくねとゆく。心配した台風はそれて、思いがけないリゾートの気分となり、さらには元フェラーリの貸ガレージであったところのイタリア料理店で昼をご馳走してもらったので、自分の服装がリゾート向きでないのがつまらない気になった。箱根は噴火騒ぎで人もまばらである。

食事を終えて現地に行くと、思いのほか区画はきちんとしていたが、土地というより藪である。もう何かわからない木々が鬱蒼と茂っており、イノシシが出る。今回の測量は、隣接する土地を持つフルタさん(仮名)がそこを売るにあたり、古い境界線のままでは売れないので線を確定するためであった。したがって、私はやや厚遇されているのであった。フルタさんとの待ち合わせにはまだ三十分もあり、測量会社の人はしきりに恐縮したが、間もなくフルタさんとおぼしき60代ぐらいの方がリュックを背負って歩いてくるのがみえて、測量会社の人も初めてなので、全員で互いに挨拶をした。
フルタさんによると、このあたりの土地は「千円別荘」といって、千円で売り出されたのらしい。フルタ家ではおじいさんが周りを買い足して大きくした。フルタさんは子どもの頃いつも遊びに来たが、おじいさんが亡くなってからは廃屋のようになってしまった云々。

測量会社の人があらかじめ用意してくれたゴム長をはき、フルタさんの土地から境界をみた。ゴム長でないと入れなかったから、やはりリゾートの服装でなくてよかった。検分は20分足らずで終わり、しばらくいるというフルタさんに別れを告げて、また測量会社の人のワゴン車に乗る。養老孟司先生のすてきな別荘の前も通る。三時間にわたり、測量会社のキビキビした人と話し続けていて、何を話したのかよく覚えていないが実に楽しく時間がすぎた。話し上手、聞き上手とはそういうものである。小田原駅で、外郎家のお菓子のういろう(茶)を買って帰る。