東京brary日乗

旧はてなダイアリー「東京brary日乗」から移行しました。2019/2/28

夏の佃大橋西詰、昼下がり

正午、てんてこまいの内に業務を終える。キンコーズに行ったり銀行に寄ったりしていたら1時半になっている。佃大橋を渡れば家はすぐだが、橋のたもとには前々から気にしていた「キッチントキワ」という定食屋がある。以前は、緑色の網が常にかかった危ないビルの中にあり、今はすぐそばの新しい店舗で営業している。橋詰というより橋の下に近く、タクシーが昼寝をするような場所にある。
人気店なので、昼時に女が一人で入れば歓迎されないだろうと思っていた。しかしランチタイムは過ぎていて、店内はすいていた。自転車をとめて、入ることにした。ひとりだからカウンターでいいのに、ふくよかな娘さんが「テーブルどうぞ〜」と言って冷たい麦茶をだしてくれた。
真夏の昼下がり、明るくて清潔な橋詰の定食屋でテーブルを独占して、すでによい予感がした。


メニューはほぼすべて、揚物とごはん、味噌汁で構成されている。知られているメンチカツではなくて、頼んだ「今日のランチ」はきすのフライとコロッケ。隣にいた年配のご夫婦に来たメンチをみて、やや胸をなでおろす。メンチカツはわらじ大である。わたしのランチもほどなくできた。そして、皿が運ばれつつあるときに、カウンターのご主人が、
「お客さま、きすは醤油でもおいしいですよ」
と言ってくだすったのである。繰り返すが、知られた店である。芸能人の色紙もある(立川談志師匠の場合は別格で、木の短冊)。だが、雑誌の切抜きなどは貼ってない。ご主人の口調には、いわゆる下町B級グルメ的な店に漂うなれなれしさも、いばった感じもひとかけらもない。ものすごくよい予感がした。


こんがりと揚った生パン粉に覆われたきす。一枚目をレモンと醤油と芥子で。二枚目をウスターソースで。三枚目をまた醤油。
きすは三枚あるのである。そして、コロッケもある。メンチカツやチーズチキンカツよりやや低いかもしれないが、何百カロリーあるのかはほとんど考えたくない。しかし出されたものを残すのは信条にもとる。きすは見事にうまい。


食べていると、ガラス扉の向こうで日傘をすぼめる人影がした。かなりお歳を召した、ほっそりしたご婦人なので、こういう方も来るのならばわたしも頑張らねばと思っていたら、頼んであった弁当をとりにいらしたのであった。おからを手渡していたので、近所の豆腐屋さんかもしれない。豆腐屋さんは大豆製品を食べるので、こういうボリュームのある食事をしたいかもしれない。
「いつもすみません」と言っている定食屋さんには、おからがありがたいかもしれない。


終盤にさしかかると、娘さんが「よかったらあめちゃんどうぞ〜」と言いながら、テーブルに飴を二粒置いて回る。
すべて平らげ、醤油をすすめてもらったお礼を言って勘定をしてもらうと、「ごはんは足りましたか?」とご主人がきく。半ライスといわなかったのに、運ばれたわたしの茶碗は、隣の方々よりうんと小さいのに気づいていた。足りなかったらおかわりしてくれるつもりで、小さくしてくれていたのである。


あめちゃんを手提げに入れたわたしは、照りつける太陽でぎらぎらした自転車にまたがり、川を渡る。この上なくいい気持ちがした。