東京brary日乗

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技術をつくる人の技術を伝える技術

いとうせいこう『職人ワザ!』(新潮文庫)が大変に面白い。まだ読んでいる途中だが、読んでいてうれしいので、一気に読んでしまうのが惜しい。


「ボタニカル・ガーデン」を読んで以来、わたしは圧倒的にいとうせいこうのファンである。いとうせいこうという人は浅草に住んでいるが、浅草は彼の育った町からさほど(物理的にも心理的にも)距離のある場所ではないにもかかわらず、居住を決心するのに時間がかかった。なぜならそこは熟成した大人の町であり、自分はまだそこに住む資格がない、と永らく考えていたからである。礼儀正しく、聡明な人である。したがって、浅草に引っ越したいとうせいこうは、たちまち浅草の人に受け入れられる。


さらに、そもそもわたしは職人の仕事が好きである。道具や、手順や、注意点や考えが好きである。それらはとても合理的で、無駄がない。無駄はないが、あそびはある。あそびはしかし、合理性に基づいている。合理性には、それを使う人の手に渡って納得してもらえるということがある。


本の内容は、題名どおりに職人と技を取材する話なのだが、なにしろいとうせいこうなので、ただ紹介したり感嘆したりしない。ちょうどこちらがわからないと同じところでストップをかけて、くわしくきいて理解してくれる。
銀細工の型を作る若い女の人の場合、ポイントは「道具を使うことが好き」である。寄席文字の人のときは、縦書きの文字を横書きにする複写方法と、人が書く文字の意味に着目する。
ラジオの効果音のプロは、音のない風景を音に置き換えることができる。


ただでさえ魅力的な人たちと仕事について、それがどのように魅力的なのか、というところにどんどん入り込む。それも、きわめて礼儀正しく。
編集者であった、いとうせいこうの本領発揮である。

職人ワザ! (新潮文庫)

職人ワザ! (新潮文庫)